読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Growth Engineer

家庭とか組織とかサービスとか、いろんなものに対してエンジニア的な視点で育成してみる話

災害にそなえるはなし

今年も3月11日が近づいてきたが、これまでと住環境や家族環境が変わったこともあるのでもろもろの準備を自分なりに見直してみる。

想定するケース

備えるとしても災害規模によって状況が変わってしまうので、家自体には大きな破損は出ないでライフラインが停止したというのを想定ケースにしてみる。

(住居についていえば過去の歴史経緯からみても津波などの影響は少ない地域であり、また直近のリノベーションに合わせて耐震工事もしてもらってたりする。また、東日本大震災で自分が経験したケースであるので想像しやすいという面もある。1つにでも想定ケースができればあとはアレンジで対応範囲は広がるだろうし)

なので避難施設に移動するほどではないが、電気・水道・ガスをはじめとして電話や輸送機関、各種物流も一時的に停止したという状況で自宅で生活することが想定となる。

震災当時を経験した人からすると、当時の仙台市街近辺を想像してもらえると近い感じだと思う。

まずは当時の状況を思い出してみる

震災直後はライフラインが停止はするものの給水車などによって水の配給は数日以内に開始された(ありがたいことに全国の水道局からの支援隊がきてくれた)し、自治体などによる支援物資配給だけでなく大手スーパーなどの圧倒的な物流力による一部食品の販売開始などもあり、選ばなければ食べ物自体は手に入る状況だった。

(とはいえカップラーメン1個買うにの5時間並ぶことになったが)

ただし、手に入るものは汎用性の高い必要物品が優先されるので、分類の細かいものやニッチなものになるほど手に入りにくい状況はしばらく続く。

特にオムツやミルクなどの子供用品はジャストフィットものが手に入らないことが多かったようで、親御さん間で譲り合ってなんとかしのぐ様子がよく見られた。なお、ペット用品も同様である。

他にも電池やカセットコンロ用のガスカートリッジなどの日用消耗品は品薄のためなかなか手に入らなくなったので、暇さえあれば入荷情報を漁っていた記憶がある。(そして入手のために長時間並ぶことになる)

あと、飲料水は手に入るもののその他の生活用水は水道復旧まで手に入らないので、水の利用についてどう代替策(or 入手策)を用意するかが課題だった。

なお、家で生活できる状況だったため、我が家はあるだけの布団と厚手の衣服の重ね着で暖をとることはできた。

(気温については仙台という立地もあったが、現在の関東住まいでは同様に耐えられるのではないかと思う)

あと個人的な経験としては当時電池式ラジオなどを保有してなくて全く情報を取得できていなかった(数日間、数キロ先で起こってた津波の被害とかも知らなかった)ので、そのあたりの準備もあると良かったのかもと思っている。

そなえておくと良さそうなもの

そんな当時の状況を思い返して、0歳児と犬が所属する我が家としては最低限下記を準備しておくと良さそうだな、と思っている。

  • 数日分の水と非常食(カップラーメンなどの即席の食事も)
  • カセットコンロと予備カートリッジ
  • 灯油ストーブと予備灯油
  • 電池式ラジオや携帯充電器と各種乾電池
  • サランラップ(洗い物軽減用)
  • トイレットペーパー、ティッシュペーパー
  • 普段使いの薬
  • 汗拭きタオル(大人用、子供用べつに)
  • 消臭剤、制汗スプレー
  • ミルクとオムツ
  • 犬のエサ
  • 非常用持ち出し袋(サバイバル的な)

基本的に長めのキャンプをする、と想定した感じ+αを見込んでおくと良さそうな感じ。

(多分ほかにもありそうなので補完プリーズ)

何かあったらする行動

以前の経験や反省もふまえつつ自分の思考整理のために、準備物品だけでなく行動的なアレヤコレヤもメモっとこう。

  • 避難場所だけでなく自分の行動範囲内の緊急時〇〇系の場所は事前に押さえておく、特に水に関する場所は結構重要
  • 災害発生直後はわりと携帯は通じる。その後回線がパンクして、さらに停電などの影響で基地局アンテナのバッテリーが切れたりで使えなくなるので、最初の数分のうちに連絡できるところはしとくと良い
  • 公衆電話(緑の電話)は災害時には無料になったり優先されたりするので、場所を押さえとくべき
  • 直後に水道が使えても途中で止まることがあるので必ず水は溜めとけ(いやマジで翌日止まった時は泣きそうになった)
  • お店によっては管理上の問題で直後に在庫一掃してくれるので、買出しできるならすぐに行くこと(基本的に現金払いになるので事前用意が必要)
  • 災害規模によっては携帯通信網が沈黙する。情報を得るならラジオが必要
  • カセットコンロと圧力鍋があれば米は炊ける
  • 電気、水道、ガスの復旧はブロックレベルで時差が出る
  • なんだかんだと助け合いに救われるのでご近所付き合いが最強
  • 何が起きたとしても日常であることには変わらないので、できるだけ楽しいことを見つけるのが勝ち

こちらについても、状況や場所によって変わるはずなので各種情報を漁ってもらうのが良いかと思う。

リスクをどう管理するか

結局のところ災害対策もリスク管理になるわけで、軽減するか保有するか移転するか回避するかをコストと効果に合わせて選ぶ感じになるのだと思う。

とりあえず緊急時には手に入りにくいものをJust In Timeにはせずにキャパに合わせてストックするところからはじめるのが吉なのかもと思っている。

あとは状況に応じてボチボチとできることをやる感じかな、と。

育児環境のコンフリクトエトセトラ

ここ最近、男性による育児の話題が結構でてきていて、例えば某弊社でも父親の育休推進制度を作ってたりする。

上記のような男性向けのものに限らず、いわゆる育児支援的な仕組みはだいぶ増えているような気がするが、その一方で手放しで「育児しやすい環境」とは言い難い事実もあったりする。

(めんどくさいアレヤコレヤの防止のため先に書いておくが、今回の結論は過渡期ゆえである)

育児のための支援は増えている

実際に、昔に比べて支援の仕組みや制度自体は増えているように思う。

各種自治体の制度もそうだし、各社の育児支援の仕組みもそうだし、オムツ換えや調乳のための設備が充実してたりお湯を貸し出してくれるお店も増えていたりもするし、乳幼児OKのイベントも増えてるし。。。実際にハコとしての仕組みについて言えば、ここ数年で特に増加しているように思う。

その一方で世の中的には「子育てしづらい」という声はなくならなくて、自分自身そう思うこともたまにある。

例えば男性入場禁止の授乳室

家族向け大型店にある授乳室、たまにある男性入場禁止の札(男性のご利用はスタッフにお声がけくださいバージョンもある)。

確かに授乳のための部屋なので男性には縁がなさそうな雰囲気もあるが、調乳設備やオムツ台も中に併設されてるケースもあり結果的に父子2人の場合では利用できない(or し辛い)こともある。

こうなってしまうと男性トイレの個室利用しか選択肢がなくなったりするわけで、便所飯に続く新たな個室活用法がメジャーストリームに乗ってくることになる。

このように、ハコはあるにも関わらず運用の部分であと一歩足りないがわりと目立つのが実際のところのような印象である。

じつは歩み寄りまでもうちょっと?

実際の制度や設備が用意されてるにも関わらずイマイチ使い勝手が悪い問題は、何もハコモノがなかったときよりも拗れやすい気がする。

ハコを用意する側は用意することで歩みよってる気になるし、でも使う側にとって不十分だったりすると「全然対応してもらえてない」みたいな感じになる、この結果仕組み側は「せっかく用意してるのに」のような妙な対立構造に陥るような。。。

(最終的に仕組みを整える側が嫌になってしまい中途半端なところで終了、、、というように、内部改善系のプロジェクトがポシャるときによくみられるような構造になってしまってる気がする)

ハコを用意する側が運用も含めてきちんとデザインし改善する、利用側も実際にハコが増えていることは認めて自分なりの活用をしてみる、ふんなふうにあと一歩歩み寄れるとwin-winになるのかもしれないのだが。。。

まあ理想論ではあるんだけど、↑のように運用も含めて充実していけば当たり前に使う(存在する)仕組みになっていくんだろうなぁ、と。

なので〇〇しづらいは過渡期故なのでは?と構えて使えるところはうまく活用してみると少し心に余裕ができるかな、と勝手に思っている。

(与えられないと何もできない、だと少々生きにくいという心持ちでもあるし)

利用側もとりあえず自己関与からはじめてみる

例えば自分の例になるが、、、

役割柄夕方以降もMTGが入りがちだっただが、基本的に子育て参加のため早めに帰りたいので共有カレンダには「早めに帰る」という名の予定を突っ込むことにした。

周囲には調整でひと手間かけてしまってはいるものの、この数ヶ月まあなんとかなってはいるようだ。

(緊急度が高い時は一言声かけてもらって対応する運用をしている)

このあいだ、少し遅めの時間に作業をしていたときに「珍しい、この時間はいないもんだと思ってた」と言われた瞬間に勝利を感じた。

空気を読んで配慮してもらう前に自分なりに仕組みに関与してしまうことで環境を変えることができたかな?と。

(同じように1人作業に集中したいときはWorkという名の予定で埋めるようにしている)

なんだかまとまりのない結論

とりあえず育児支援の仕組みは増えているけどあと一歩なものが多いので、より一層の充実を望みつつ利用者側も不十分なりに活用してみてあまりカリカリしない、そんなふうになれたらいいですね。

(理屈と感情の切り分けはすごく難しい問題なので結果投げっぱなしになるのだけども、、、)

Joy, inc.

育てる的な話に関連して、アジャイル周辺の人達が盛り上がってたJoy, Inc.を読了したので忘れないうちに感想をまとめておく。

ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント

ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント

USでもっとも幸せな会社と言われており、会社ツアーなども頻繁に行われているらしいメンロー・イノベーション社における組織づくりの話。

喜びを軸としたパフォーマンスの形成

「喜び」というワードがそこかしこに飛び交っているので少し斜めな気分で読みはじめたのだが、実際はアジャイルな組織づくりの事例紹介で大変参考になった。

いわゆる「良い組織」を作る場合の「良い」の軸を関係者の喜びにおいており、そこを高めていくことで組織パフォーマンスを上げるという流れになっている。

メンロー社が開発会社ということもあり、メンバーであるエンジニアやハイテク人類学者(という名になっているが、開発のための要件を膨らましたり具体化したりしてまとめるような役割の人?)のモチベーションの高さがそのままパフォーマンスにつながるという開発領域でよく見られる構造である。

なお、ここでいうパフォーマンスは開発の速度だったり品質だったり作り上げたものの精度(顧客の本来の要件にどれだけマッチしてるか?)だったりする。

開発のプロセスそのものはペアプロなどのエクストリーム・プログラミングの手法や、デイリースタンドアップミーティングやカンバンなどを活用したアジャイル開発でよく見られる手法を取り入れており、プロダクトオーナー(顧客)も上手に巻き込んだまさにあの辺りのお手本である。

組織レイヤーでのアジリティ

メンロー社の面白いところは、それらアジャイル的手法(原理主義的に書くといろいろと面倒なので、アジャイル界隈のエライ人が言ってた「適合すればなんでもアジャイル、そうウォーターフォールもね!」に則ってこの表現を使う)をワンプロダクトのチームだけでなく、複数プロダクト(しかも受託開発)をまたがった会社全体に適合させているところかな?と思った。

構造としてはワンプロダクトの中の複数プロジェクトと類似してるのかもしれないが、いわゆる思想も含めてプロジェクトの方向性統一(いわゆるミッションステートメント的なやつ)に「喜び」をおくことで、本来は複数方向を目指してしまいがちな組織に、推進するための指向性を持たせているのかもしれない。

例えば、メンバーが楽しく働くために休暇が取りやすくするために何が出来るか?とか、ライフワークバランスを満たすために何が出来るか?などの(プロジェクトチームの枠を超えた)組織規模の課題を、喜びを最大化するためにアジャイル的な手法で実現しているのがとても面白かった。

(考え方の方向性が同じなのも面白さの要因かもしれないが、、、)

リモートワーク離れの風潮

ちなみに他のUSハイテック系組織と同様に、メンロー社でも対面コミュニケーションにより発生する高い成果を重視することからリモートワークは推奨されていない。

(急な介護の発生などの緊急時対策としては活用されているようだが)

ただし、これはペアプロなど人的冗長化によっていつでも業務が休める、育児などの負荷がある場合はむしろ会社に子供を連れてきてしまう制度を作る等、リモートワークがなくてもある程度成り立たせるための仕組みが充実しているからできるんだろうとも思う。

(少なくとも現在の日本の状況でリモートワークなしでライフワークバランスを実現するのはだいぶ難易度が高いと思うので、USの状況だけ見て単純にリモートワーク禁止にするのもちょっと違う気がしている)

なので現在の日本のリモートワーク充実の方向性も実は過渡期的なもので、リモートワークという少しゆるい枠でカバーできるようになった&なんらか手当てした方が良いと顕在化したいろいろなものを、新たな制度や仕組みできちんと埋めていくのが次のフェーズになるような気がする。

リモートワークが銀の弾丸ではなく、あくまでパッチ的な処置であることは常に頭の片隅に置いといた方が良さそうだと改めて考えている。

この辺り、ライフワークバランスによっていかに業務パフォーマンスを上げるか?を軸として見失わないようにしないと、途端に議論が複雑怪奇になるので注意が必要なのかもしれない。

アジャイル事例集としてもオススメ

自分は組織論的な視点でも読んでいたのだがチケットのライフサイクルやファシリティの活用など、アジャイル的手法について具体的な事例とともに書かれているのでプロジェクトの枠でも十分活用できる本だと思う。

解説にもあったが「超理想の組織はこうだ!」というよりも、ちょっと手を伸ばせば届きそうな感じがとても良いバランスの本だと思ったのでこの辺りに興味がある人にはオススメ。

自我の芽生える4ヶ月目

日に日にできることが増えていく0歳児4ヶ月目であるが、何かをコントロールすることをはじめたのがここ最近で1番大きな変化かもしれない。

掴みにいくから始まる外界へのアクション

以前は触れたものをタイミングよく握る、みたいな状況だったが明らかに自ら掴みにいくような動作を見せている。

例えばメリーのぬいぐるみを掴みにいくとか(でもピグレットは嫌いらしく触らない、多分豚野郎とか思ってるはず)顔を近づけるとメガネを奪われるとか。

視覚と体のコントロールが連動できるようになってきたこともあるのだが、自ら周囲の状況に関与しにいくアクティブさがでできたような感じがある。

自ら起こすアクションで状況を変えにいく

友人からの贈り物であるメリーはスイッチで曲を切り替えることができるものなのだが、このスイッチを一心不乱にひたすら連打してたりする。また、明らかにワンフレーズ以上流している曲とそこに満たないで切り捨てられる曲があるので、どうやら自分の好みに合わせて切り替えているつもりらしい。

ちなみに体勢がズレてうまくスイッチが押せなくなるとグズったりするので、自身の望むアクションに対するこだわりがでてきている。

これマズローの欲求段階でいうとどの辺だろう、、、技能習得欲求だから承知欲求段階なのかしら?発達中だから直接は当てはまらないかもだが、詳しい人まさかりプリーズ。

ちなみに我が家のプリプリによるスイッチ連打は足技なので大変行儀がよくない、、、

遊び飲み

周囲への興味がでてきたのは良いことだが同時に注意散漫の芽生えもでてきた。

例えばほどほど空腹感が薄れてくるとキョロキョロし始める、手遊びする、喋りながら飲む、、、これ動くようになると大変そうだな、と。(この注意力の薄れ方の感じは自分を見ているようで困ったもんである)

好奇心旺盛なのは良いことだとおもいつつ、遊び飲みをはじめとする注意散漫には徹底抗戦で臨みたいと思っている。

次のステージは寝返りか

首がだいぶ座ってきたので補助付きの座位を試したりしているが、視点が変わるのが大変楽しくなっているらしい。座ってると基本ニコニコである。(疲れてくると泣くが)

また、不完全ながら自らの意思で寝返りのそぶりをみせつつあるので、次はうつ伏せからの各種アクションが始まりそうだ。

現状でも背面ズリズリで移動してたりする(境界に引っかかって結果的には泣く)ので、ボチボチ危険ゾーンへの進入禁止策を考えないといけないなぁ、と。

つねに現在地を気にしなければいけないこの感じ、新生児のころ「早く自分で動けるようになって欲しい」と思ってた親御さんが「あの頃は良かった、、、」と思うらしいが、ほんの少しその気持ちがわかってきそうな気がしている。

のんびり楽しく

外に意識が向きはじめてから具体的な(わかりやすい)変化が多くなってきた気がする。

こちらとしても変化が面白いのでついついネクストアクションを試したくなるのだが、あまり飛び級させると逆に成長が歪になる(特定の機能が弱くなる)こともあるらしいのであまり加速させないように気をつけたい。(よく嫁に怒られるという事実もある)

とりあえず本人のペースにあわせて、この変化を楽しんで行ければなぁ、と思っているところである。

時間泥棒への投資

前回のエントリーの家庭内有給制度を活用して、実家に0歳児を預けて誕生日的なイベントとして久しぶりに夫婦だけで夕飯に行ってみた。

食事中に「以前はこんなにもゆっくりとご飯食べてたんだなぁ」ということに2人とも驚いてたことが印象的であった。

時間泥棒あらわる

この子供産んではじめて知ったことのまとめにもいくつか出ているが、子供ができて「なくなる時間」のレベルが想像してたときよりも全然足りてなかったな、と。

自分的にも「なんだか忙しくてパタパタする」くらいの想像だったが、(特にはじめのうちは)下記の生きるための時間が削られるというのが現実である。

・トイレに行けない ・ご飯を両手で食べれない ・そもそも寝れない

また、例えばお風呂に入るみたいな行動にも子供対応の時間が必要になるので、結果的に自分にかける時間をどれだけ短縮するかみたいなあ修行的な自己研鑽を繰りひろげることになっている。

(もともと考え事をするなどで風呂ではゆっくり過ごすタイプだったが、今ではかける時間が半分以下になってたりする。。。)

子供中心の生活

常に子供の様子を伺い(ほぼ暴君、まま暴君の)子供のアクションにふりまわされるわけで、家の中では自分のことだけを考える時間がドンドン削られる。

(例えば料理が出来上がった瞬間に泣かれるとか、まあ狙ったかのようなタイミングが多いのは気のせいか、、、)

俺自身は仕事のタイミングで「仕事のことだけ」に思考を切り替えられるのでまだ良いのだが、1日みている嫁からすればつねに半分以上の脳内リソースを奪われている状態になる、、、うん、、これは疲れるよね、と。

ずっとこのような状況でいると、だんだんじぶんがしたいことがわからなくなりそうな気がしている。だからこそ、そこから一時的に離れたり休むことができるきっかけを常に用意できてると良いのかな?と勝手に思っている。

すべてはメリハリなのかもね

とはいえ、かけた時間分だけ変化していく様子が大変面白いのも事実な訳で、このあたりはバランスというか如何に全体最適をなすか?みたいな話なのかもしれない。

真面目に頑張るだけの袋小路に陥らないよう定期的に息抜きする、そんな進め方が少なくとも我が家にあってそうなので使えるものは使って、作れる仕組みは作って適度に楽しんでやっていければ良いかな?と。

。。。と、まだ人見知り期もイヤイヤ期も来てないから言えてる、という可能性もあるが。。。まあ、適当に頑張ります。

家庭内有給休暇制度

ネット上で見かけた「母親の家庭内有給休暇制度」がとても良さそうだったので我が家にも導入してみることにした。

母親の有給休暇

自分が見かけたのは年に何日か「お母さん」をやらなくても良い日にする権利で、有給休暇をとって家庭に制約されずに出かけたり(例えば旅行に行ったり)するようなものだった。

確かに当分の期間0歳児が自立生活するのは難しく、誰かが常に見ておかないといけないわけである。

また俺が1日みてられるタイミングで出かけてもらうという方法もあるが、これだと「かわりにやってもらう」的な申し訳なさでなかなか用事を作れないような気がする。

なので、思い切って権利として◯◯日は自由に使えるように設定してしまうと良さそうだ。

ひとによって受け取り方は様々あると思うが、我が家的には大変フィットする内容だったので早速導入することにした。とりあえず年間20日で取得タイミングについてはは事前に要調整という形にしている。

ところで父親はどうだろう?

。。。と、そういう話を家庭内でしてる時に父親にも有給休暇があると良さそうとふと思った。

確かに会社では有給休暇をはじめにいくつかの休暇制度があるが取得理由はほぼ家庭の用事だったりするわけで、例えば勉強会などのイベントでの外出や、家のなかにいるけど1日中趣味のことをやる日なんかは↑と同じような「申し訳なさ」で敬遠しがちである。

夫婦ともに(少しでも)積極的にやりたいことをやるには、お互いに有給休暇という枠を作ってしまうのも良いのではないか?

そんな話を切り出してみたところ、あっさりOKがもらえたので父親についても母親と同様の条件での有給休暇制度がスタートした。

なんとなくで生じる動けない感

今回家庭内に有給休暇制度を導入したのは、なんとなくお互い我慢してるせいで「何かをできない」を防げるのではないか?という仮説の検証である。

なんでもかんでもルールを作ればいいというわけではないが、特定の人が我慢しがちだったりお互い変な気を使って空回りしてるようなケースは、明確なルールを設定することでうまく回るようになるのではないか?と。

また、子供だけでなく親も成長することをやめちゃいかんなぁという危機感もあったりするので、何かにチャレンジする時間は積極的に作っていかないとなぁとも思っている。

(また、そういう姿勢は子供にも見せていきたいとも思っている)

我が家の有給休暇制度

まだはじめたばかりの有給休暇制度だが、我が家版のルールを紹介しておく。

・年間20日間(1/1はじまり) ・取得については日程など事前に調整 ・年末の余剰については繰越をしない(暫定) ・子供が関係しない用事で実家に預ける場合などは2人の有給休暇を消費 ・半休などの時間休暇については今後の状況をみて導入を検討

実際に運用していく中で新たに気づきが出てきた場合は共有していきたい。

子供がいるとできないこと

子供も親もみんな楽しく過ごすにはどうしたら良いかを日夜考えてたりするが、自分自身もやりたいことはあるし、でも子供はいるし、、、っていうところをバランスとるのはなかなか難しい。

育児に関する禁則事項

「子供がいるから〇〇するのは我慢しよう」このフレーズが世の中にあふれている気がする。

喫煙可のお店は回避しよう、子供が泣くと周囲に迷惑がかかるから映画館はやめとこうとか、ベビーカーが入れないからあのお店は今度にしようとか、抱っこでカウンターに座れないからいつものラーメン屋は我慢しよう、、、等など、できないと思ってしまうことが(事前に考えていたよりも)多かった。

この状況「〇〇はダメ」と否定形で規定されがちなあたりがしんどくなりそうな予感がする。

真面目な話、あれもダメこれもダメの中でやっていくのは最終的に義務感だけで頑張ることになり、結局疲弊してしまうんじゃないかと思う。

ちなみに妊婦さんや産後の母親は〇〇食べちゃダメ、△△みたいな動きをしちゃダメがエビデンスがあるものから都市伝説のものまで大量に追加される。

意外と回避策はある(場合もある)

もちろん全てを解決することはできないが、実際に育児を進めていく中で回避策があるケースもいくつかあった。

例えば映画館問題でいえばTOHOシネマズが子連れ向け映画イベントをやってたり、子供が騒いでもOKなクラシック音楽のイベントも増えている。

また最近ニュースになったりしてるが、スタバやタリーズなどの大手コーヒーショップはデカフェのメニューが揃ってたりするのでカフェイン回避時期の母親も利用可能だったりする。(これは自分としては意外だった)

そして我が家の例ではあるが、これまでもお世話になっている美容院が「0歳児でも連れてきて良いよ!」と気軽に言ってくれたので、お言葉に甘えまくって連れて行ってしまっていたりする。

このあたりはご縁の部分も多いのかもしれないが、結果的にそれまでのアクションを変えずに済んでいるところも結構あり正直とても助かっている。

極端かもしれない方針を立ててみる

極論ではあるかもしれないが、親がいかに我慢せずに済む環境を実現していくか、が結構大事そうであるなぁ、と。

これは友人の家庭の話なのだが、親自身が率先して楽しめるイベントを探したり作ったりしてそこに子供を巻き込んで一緒に楽しんでしまっている。これはとても素晴らしいので参考にしたいと思っている。

逆に、親だけが我慢しててそれが子供のせいになってる、、、という状況は、きっと育てられてる子供にとっても好ましくないのでは、、、とも思う。

もちろん、家族の全員がしたいことを全てできるわけではないのだが、(これはどの組織でも一緒だと思うが)親も子供も含めてみんながちょっとずつ我慢するとかでバランス取るのがいいんじゃねーかな?と。

今回の結論

。。。と、ここまで書いたのは今年の春に我が家の0歳児をARABAKIに連れていくための理論武装である。

(念のための予防線を張っとくが、、、磐越か陸奥ステージ最後列で半日だけとかの予定なのでほぼピクニックだよ、ほんとだよ)