Growth Engineer

家庭とか組織とかサービスとか、いろんなものに対してエンジニア的な視点で育成してみる話

外的要因のストレスを軽減する話

実際に育児をはじめとする子供に関するエトセトラに突入して強く感じたのは、外的なストレスをどこまで下げられるか?が日々の生活を送る上で結構重要なポイントになりそう、ということである。

すごく極端な言い方をすると育児をする以上、泣かれる・時間がとられるといった親対子供の関係性上で発生するストレスを軽減することは家族の協力や(コストはかかるが)ベビーシッターさんを活用するなどで負荷分量する以外の方法は難しいと思う。

これに対して第3者が関わることで発生するストレス、例えば子供の泣き声が周囲の迷惑になっているのではないか?という、親が周囲に対して気を使う故に発生するストレスもあるように思う。

これは自分個人の感覚かもしれないが、対子供に関するものより対第3者に関して感じるストレスの方が大きいようにも感じている。

周囲に対する申し訳なさ

俺自身はわりと面の皮は厚い方であるが、外出中に泣かれたときは周囲に対して申し訳なさのようなものを感じて、早く泣きやませなきゃ、、、と焦る気持ちがやっぱりでてきてしまった。

上はあくまで一例であるが、この周囲に気を使わなきゃ!が長時間続くと結構なストレスになるなと正直思っている。

仮に、周囲が気にしてなくても(実際はそういう場合が多そう)当事者は引け目を感じてしまうところが根が深い問題だと思う。

(結果的に義務感で頑張るだけになって疲弊していく的な、、、)

思い切って状況を変えにいく

極論過ぎる部分もあるかもしれないが、他人に気を使わない状況に切り替えてしまうというのも1つの方法のような気もする。

気を使う場所にはあえて行かないとか、電車じゃなくて車(マイカーだけでなくレンタカーとか、カーシェアとか)で移動するとか、自分たちと同じような子連れの多いお店をメインに利用していくなんてのもそうかもしれない。

もちろん状況によってスイッチできないことはあると思うが、その場で留まって頑張るだけが選択肢ではなく戦略的撤退からの戦場切り替えはわりと使える手段だと思っている。

例えば極端な環境スイッチ

タイミングを狙ったわけではないのだが、たまたま我が家は出産直前に比較的遮音性の高い家に引っ越していた。

このアクションが子供が生まれてみると結果的にすごく大当たりで家の中で子供が泣いたとしてもご近所さんに気兼ねすることがないため、最悪どうしようもない場合は泣かせておこうという選択肢を取ることができた。

少なくても家の中にいるときは他人を気にする必要がなかった、というのは我が家の子育てにおけるありがたかったポイントの上位に入ると思う。

(子供が生まれる or 生まれたから家建てるって話をよく聞くのはこういうことか、、、と)

とはいえコストや手間もかかるので

例えば交通手段を切り替えるにしても思い切って引っ越してしまうにしても、コストや手間がかかる問題ではあるのでこれが正解というものはないと思う。

ただ、出産・育児に関わる時期は母親にとって特にストレスの高い時期だなと側から見てても思ったし、俺自身も(当然嫁ほどではないが)ストレスを感じることはあったので、何かのアクションをする場合にはコストだけでなくそのシチュエーションにおけるストレスはどれくらいか?も判断軸に加えていくと良い感じなんだろうな、と思っている。

もしかしたら、このストレスを下げるための行動、状況スイッチのためのアクションが父親ロールの人の1番の価値発揮領域なんでは?とも思っていたりする。

蛇足の話

この外的要因をシューティングしにいく話はシステム開発でも良く見る風景な気もする。

例えば明らかに不要な機能をタイトなスケジュールで開発しているのだけど、なんとなくやめられない、、、みたいな、誰かが「これ、いらなくね?」って声をあげると何故かみんな同意する、、、みたいなものと同じような臭いがする。

ほんのちょっとの勇気と勢い(実際にほぼ勢い)でフレームを変えにいってみると意外と事態は好転することを自分自身何度か経験していることもあり、これは日常生活にもけっこうあてはまることだなぁと思っている。

(実際の現場ではなんらかのフォースが働いているせいで声をあげてもやめられない or ダースベイダーを倒しにいくケースが多い気もするが、、、)